つらいぜ、ベンチャー投資(株主編)

引き続き、株主編です。

◇株主編
 ベンチャーキャピタル(VC)は出資をし、会社の株主になります。定款で取締役会を設けている会社(取締役会設置会社)の場合、会社法上、株式会社の中で最も強い権利を有するのは株主です。取締役を選ぶ権利も株主にあります。ちなみに、株主に選ばれた取締役の中から代表者(社長)を選ぶのは、原則取締役会の権利になります。では、株主が複数いる場合、どのように株主としての意思決定をするのか、それは株主同士で構成される株主総会での多数決が基本です。なので、株主の顔ぶれ及び各株主が有している株式の議決権比率がとても重要になります。そして、株主同士の意見が割れる場合、とても要注意であると筆者は思っています。

①VC比率が高い
 未上場会社の場合は特に、株主の意見が経営に直に伝わるケースが多く、VC比率が高い会社はVCの意見が経営に反映されやすいです。なのでVC間で意見が割れた場合、その影響が経営を直撃します。
 筆者が引継ぎで担当した会社は、とある上場企業の社内ベンチャーを切り出した会社で、切り出したタイミングでVC4社が普通株式で計数億円投資しました。なので経営陣の保有株式比率は40%弱、それに対してVCのシェアは60%を超えていました。社内ベンチャーで数年実績があったので、会社設立時から売上は順調に伸びていき、業界でも上位4位に入る勢いでした。取締役会にはVCの担当者もオブザーバーで入り、業界1位の会社をマークし、経営指標を細かく比較し、「次月はどんな手を打つか」という前向きで活発な議論が毎月なされていました。
 ところがある時、会社のシステムに小さなトラブルが生じました。その修正のためVCの1社がシステム会社を紹介したのですが、社長はそこと違うシステム会社と契約しました。しかし社長が契約したシステム会社ではその小さなトラブルを修正できず、その結果システムが2ヶ月近く止まってしまい、その期間の売上が「ゼロ」になってしまいました。また、そのトラブルの修正を担当していた従業員が疲弊しどんどん会社を辞めていき、最後はCTOも疲弊して辞めてしまいました。このトラブルを発端として、VC4社が2対2で喧嘩を始めました。VCが紹介したシステム会社と契約せず自分で見つけてきたシステム会社と契約してトラブルを長引かせた社長に対して激怒しているVC2社と、社内ベンチャーを立ち上げここまで会社を引っ張ってきたのは社長なのだから、株主として社長と協力し、早く事業を軌道に乗せることに協力すべきだと主張するVC2社。しかもVCシェアはぴったり同じ比率でした。今まで協力的だったVC達でしたが、取締役会で社長の細かいミスを突くVC2社、それをフォローするVC2社に分かれてしまいました。結局その溝は埋まらないまま数ヶ月が過ぎ、社長は円形脱毛症になり筆者に助けを求めてきました。やはりこれではいけないと思い、社長よりの立場をとっていた筆者が呼びかけ、VC4社で集まって今後を協議することになりました。社長と対立しているVC2社のこの時点の意向はすでに投資を継続することは全く考えておらず、備忘価格でも良いからすぐに株式を売却したいというものでした。しかも社内調整済みです。会議でそのような話を聞いてしまうと、社長よりの立場をとっている筆者側のVC2社は、投資を継続したいものの、計30%近いシェアを占めるVC2社が株式を安価に売却するとなるとさすがに投資継続は難しいかな、とならざるを得ませんでした。結局VC4社が社内調整を行い、最も社長の信頼を得ていた筆者が、VC4社が株式を売却する旨を社長に伝えることになりました。社長の株式シェアが高ければもう少し違う結果になったかもしれません。

②リードVCのファンド満期
 ベンチャーキャピタルはファンドという資金運用基金を作り、そこで様々な会社(時には個人)から期間限定でお金を預かり、それをベンチャー企業へ投資し、ベンチャー企業が成長した後その投資を回収し、資金提供者へ返済するというビジネスモデルです。約束した期限が来たら、資金提供者へ必ず資金を返さなければなりません。なので、ベンチャー企業へ投資した資金も必ずいつかは引き上げられます。
 これも筆者が引き継いだ会社になります。その会社は順調に売上を伸ばしていましたが、投資後3年を経過したあたりから売上が伸び悩み始めました。その理由はいくつかあるのですが、ここでは割愛します。そのベンチャー企業には複数のVCが投資をしており、10%程度出資しているVCがリードになっていました。VC業界でいうリードとは、当該ベンチャー企業に出資しているVCを代表して会社側と様々な交渉をするVCの事で、一般には出資金額が最も大きく、かつ、出資比率もVCの中では最も高い、という特徴があります。リードVCは会社側との資本政策の交渉や、増資タイミングの決定、そしてEXITタイミングの決定をしたりします。もちろん他のVCはこの決定に従う必要はありませんが、株式会社は資本多数決の原理で動いているのでシェアの大きいリードVCの判断はかなり大きいです。ある時リードVCが他のVCに招集をかけました。なんだろうな、と思って会議に参加すると、リードVCから、「ファンド満期も近いので、株式を売却します」とのことでした。話を聞くと、ファンド満期に関しては数年前から意識していて、少し前までは良い条件(株価)で株式を売却できそうだったとのことです。ただ直近の業績は伸び悩んでおり、その改善も現在見えにくい状況との判断でした。なので「備忘価額に近い値段であれば引受けても良いという先があり、弊社(リードVC)はそこに株式を売却しますが、みなさんどうしますか?買い手側としてはある程度シェアが欲しいとのことだったので、ご希望があればご紹介します」とのことでした。集まったVCは皆びっくりです。ここで初めてリードVCのファンド満期が他のVCよりも先に来るという事がわかりました。当然他のVCからは、ファンド満期の延長(通常出資者の了承を得られれば1年~2年は延長可能)ができないか、株価をもっと交渉することはできないのか等々いろんな意見が出ました。しかしリードVCとしては、ファンドの延長は考えていない、時間をかけて株価を上げていくよりいくらでも良いから早期に株式を売却したい、とのことでした。リードVCが抜けると他のVC合計のシェアはとても低くなってしまい、その程度の低いシェアでは将来株式を売却するタイミングが見込めなさそうでした。みな自社に持ち帰り対応を協議しましたが、結局リードVCと同じく、安価に株式を売却することとなりました。ベンチャー投資でフォロワー(リード以外)となる場合、必ずリードVCのファンド満期について意識しておかなければならない、と実感した案件でした。

③M&A前提の投資
 ベンチャー投資でも経営陣の了承を事前に得て、IPOではなくM&AでのEXITになることもあります。その場合、VCの出資比率が高くてもEXIT株価にあまり影響はありません。株式市場での需給バランスを気にしなくても良いからです。ただし、M&Aというのは買い手候補者のデューディリジェンスに時間がかかるケースが多く、かつ、上場会社が買い手の場合インサイダー情報になる可能性もあり、リードVCのみが交渉するケースが多いです。このようなケースでフォロワーとして投資している場合、リードVCの担当者と仲良くしておくこと、及び、株主間契約(ないしは投資契約)を事前に確認しておくことが重要です。
 VCのシェアが70%超、フォロワーで投資、EXITはM&Aという案件を引き継いだのですが、前任者がリードVCの担当者とあまり仲が良くなく、月一回の取締役会で顔を合わせるだけでした。担当者同士雑談をすることもなく、会議が終わると、また来月よろしくお願いします、お疲れ様でした、という状況でした。なので筆者は引き継いだ後、投資先に挨拶をしに行くと同時に、リードVCの担当者の元も訪問しました。そして月一回の取締役会の場以外にもリードVCの担当者との接触回数を増やし様々な情報を共有、仲良くなることを心がけていました。そのようにしている中、リードVCの担当者から連絡があり、実はM&Aで交渉している先が複数社あり、最も有望な買い手候補は上場会社で、インサイダー情報になる可能性が高い、交渉している株価はだいたいこれくらい、との情報が得られました。話をもう少し聞くと、既にデューディリジェンスは終わっていて、株価の交渉になっており、ほぼほぼ合意していて、買い手候補側で最終の社内決済を行っている、とのことです。しかも、リードVCの保有株式だけの譲渡でも構わないし、他のVCも希望があれば株式を購入可能、という事でした。そこまで話が進んでいるとは全く思っていなかったので、かなりびっくりしました。実はベンチャー企業とリードVCそして他のVCとで株主間契約を締結しており、その中で共同売却権も定められていました。そこで定められていたことは簡単にいうと、リードVCが株式を売却する際は他のVCに伝え、他のVCも希望があれば一緒に売却できる、でも、最初に伝達されてから30日以内に返答がないとその権利を失うというものでした。実はこの30日というのは大きい組織のVCにとってはとてもハードルが高い内容です。今は変わったかもしれませんが、当時大きい組織のVCが投資先株式を売却するには、株式を売却することに関する投資委員会(ないしは稟議)を行わなければなりませんでした。その資料には、投資の経緯から始まり、当初の事業計画と実績の差異分析、当初想定したEXITと現在想定されるEXITの違い、今回のEXITがファンド満期内で最も良いEXIT(高く株式を売却できる)である、という記載が必要です。この資料を作るのにかなり時間を要します。しかも投資委員会開催予定日の1週間前には付議書を提出するとともに、投資委員会メンバーに事前の根回し(説明)も行っておかなければなりません。そういうことを考えると、資料作成は実質10日程度しかなく、その期間で資料を完成させなければリードVCと共同で株式を売れなくなってしまう、とうことになります。なので担当者によっては夜中まで資料作成する、土日も出社する(もちろんあとで代休は取りますが)という事になります。筆者の場合、リードVCからの正式な連絡の前に情報が仕入れられたので、資料作成、事前の社内根回し等は余裕をもってでき、無事リードVCと一緒に株式を売却出来ました。M&AでのEXIT前提のベンチャー投資でフォロワーで入るときには、リードVCの担当者と頻繁に情報交換をしておいた方が良い、かつ、事前に株主間契約等でEXITに関してどのような内容になっているか把握しておいた方が良いと実感した案件でした。